日本型エンジェルIAIジャパン理事長のブログ

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<<   作成日時 : 2007/05/29 10:27   >>

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エンジェルの心は分かち合い
エンジェルがメンターとして起業家を創業前後で親身になって支援する人のことを言う、とは日本社会ではほとんど知られていません。エンジェルという言葉の響きはよいのですが、時に富裕な個人でお金を出して口を出さない人、といったイメージが持たれ、アメリカ型のビジネスエンジェルのイメージとはかけ離れています。
IAIジャパンでは設立以来日本型エンジェルの像を追及してきましたが、その結果、起業家と自分が持っている知見、人脈、経験、資産などを分かち合うことが役立つ、と腑に落ちてきました。それぞれのエンジェルが持っている知的、物的資産は異なりますが、共通するのはベンチャーに対する情熱と自分の持つ資産のうちから、起業家と自分にとってもっとも価値の高い部分を分かち合う、という点では共通しているといえるでしょう。日本では近来急速に社会インフラが整い、人の生活に余裕が出来てきました。物質的には他人と分かち合う条件が成立しているはずですが、それが余り広がらないのはなぜでしょうか。草の根レベルでみれば、たくさんの分かち合いのタネが芽を出し始めているようです。その人たちは過去に苦しい経験をしていることがひとつの共通項のようです。それは現在苦しい環境にある人たちのことが理解できるから、自分の持っているものを分かち合おう、という気持ちにつながるのでしょう。自分が苦しいときに他人に助けられた、あるいは反対に誰も助けてくれなかった、という正反対の経験がどのように現在の心境に影響しているかは、人さまざまでしょう。誰も助けてくれなかったから、自分は助けたい、という反面教師の立場と、誰も手を貸してくれなかったのは当たり前、と目には目を歯には歯を、という仕返しの立場、があり得ます。そのどちらになるかは他の境遇が影響するのでしょう。お金に余裕があれば他人に施す、というのは自然であり、誰にもできることです。しかし、心に余裕がなければ施しの心は起こらないでしょう。心に余裕があれば、施しではなく、分かち合いの心も起きて来るはずです。
新約聖書では他人からして欲しいと思うことを自分も他人に対してしなさい、という意味の教えが書かれています。これを逆にすると、他人にされたことを自分もする、となり困った人に手を貸さない、という結果となるかもしれません。キリスト教に限らず主な宗教では困っている人には憐れみを施す、ということが功徳とされます。憐れみは果たして受ける側に真の役に立つでしょうか。ある先輩が憐れみより愛をと言われました。憐れみは施すものです。愛は分かち合うものです。また、憐れみは上から下へ施すのであり、愛は同じ高さの目線で、分かち合うのです。エンジェルは起業家に対して憐れみの立場ではなく、あくまでも同じ目線で考え、気付かせるので、分かち合いの心、というわけです。
エンジェルはまた退職した先輩の立場でもあるので、つい先輩として後輩に接する態度をとりがちです。言葉遣い、態度などは瑣末なことと思われますが、聞いているほうにしてみると、先輩、先生などという立場に見えることが多いでしょう。分かち合うのはあくまでも対等な立場であり、教えるのではなく、気付いてもらうのです。相手が気付いてくれるのは共に考え、共に悩み、共に涙を流すことによって相手が「はっ」とした時ではないでしょうか。教える方が気付いてもらうよりもはるかに手っ取り早いように思われますが、教えた効果は忘れてしまうことが多く、気付いた効果は遺伝子に刷り込まれ、忘れることはありません。経験が人を成長させるのと同じでしょう。

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