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ベンチャー企業は社会に必要か IAIジャパン 理事長 八幡惠介 ベンチャー企業の生まれない社会は活性度が低い、と言い切るのは行き過ぎかもしれませんが、既存企業だけが働き場所、ということは創造性がない、独立心のある若者がいない、起業家精神が育たない、などの点から見れば、あながち言い過ぎではないように思われます。現在の日本社会はベンチャーを起業することを歓迎する、とは思えません。ベンチャー企業は既存企業の取らないリスクを冒して新しいアイディアを事業化します。小回りが利いて、一つの技術、あるいは製品に全てのリソースを集中して、事業化するのがベンチャー企業の特徴といえます。市場規模が小さくて大企業に見放されても、ベンチャー企業にとっては魅力的な市場となる場合もあり、懸念したリスクを回避でき、市場が予想通りに発展して思った以上の収益を上げる場合などベンチャー冥利に尽きることもあります。 現在の日本はモノがあり余り、生活レベルが高く、安全で清潔、と申し分のない社会に見えますが、掘り下げていくと多くの問題を抱えている社会であることに気付く人は多いでしょう。それらの問題とは少子化による人口の減少、コンプライアンスの欠けた多くの企業、ガバナンスの効かない政治と行政、競争の原理を否定する教育現場、これらの全てに起因する犯罪の増加、などです。ベンチャー起業家はこのような社会からは生まれにくいでしょう。既存企業間の競争の原理は働いていますが、それらの企業の中で、グローバルでボーダーレスの競争に勝ち残れる会社は多くないと指摘されています。ベンチャー企業が生まれ、成長するためには、ハイリスク、ハイリターンの機会に投資したり、支援したりできるエンジェルと機関投資家が必要です。そしてリスクを冒し、それらを回避して成功する事業家に大きなリターンを与える仕組みを社会が容認することが彼らに動機を与えます。出る杭を打ち、成功者をやっかむ社会に起業家は育ちません。 一見豊かに見える日本社会は上記の問題を内在しており、すでに問題が表面化する兆しが見え、大きな社会問題につながると予見されます。一国の政治を預かる人たちがコップの中の嵐に右往左往して、国の行く末より、自分たちの保身に汲々としている様は有権者から見ると、いかにも醜く、笑止千万です。しかし、このような状況を作り出したのは国民一人ひとりの責任ともいえます。この状態から抜け出せるかどうかは国民にかかっているとも言えるでしょう。ベンチャー起業家が出てこないのはこれらの問題の結果であり、単なる現象とは思えません。その根がどこにあるのか、それは取り除けるのか、という根源の問題を取り上げる必要があります。 ベンチャー企業を現在必要としていない、ということは間違っていないかもしれませんが、比較的近い将来に既存企業が競争に敗れて衰退し、中小企業が承継者の問題でつぶれる例がふえると、それに代わる新勢力がいないことを悔やむ、という事態が起こる可能性はないでしょうか。その時に打てる手はおそらくないでしょう。今リスクを冒して起業する人たちを応援し、その時に新勢力となっていれば、新しい時代が開ける可能性があります。今、そのためにしなければならないことは、的確な事業モデル、事業計画、資本政策を示すことのできる起業家が冒すリスクに価値を認め、リスクに見合ったリターンを認めること、創業期のベンチャー企業の製品でも評価に耐えられるときは、果敢に既存企業が採用して事業を育てること、成功の暁に果実を手にする事業家に拍手を送ること、さらには新たな事業に挑戦する意思のある事業家は一つの事業を手放して、別の事業に取り組める仕組みを容認することなどではないかと思われます。 |
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