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<<   作成日時 : 2007/11/26 10:10   >>

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沖縄戦と教科書検定へのコメント(4)
NPO法人IAIジャパン 理事長 八幡惠介
同じテーマで連続の論議はいささか冗長のきらいがありますが、鈴木さんご指摘の通り、このテーマは奥が深く掘り下げていくときりがありません。しかし鈴木さんのコメントだけを全文掲載すると、折角のコメントを無視することにもなるので、議論を発展させるためにも、意見を還したいと思います。以下鈴木さんからのコメントの続きです。

「鹿児島の元特攻隊基地知覧の博物館に展示されている多くの若い特攻隊員の手記などは涙無くしては読めませんが、数多くの青少年が特攻隊員に志願したことは特筆すべき事実です。又、私の高校時代に元航空隊の将校だった先生から聞いた話ですが、終戦直後若い航空隊員が集団自決をしようとしていることを聞いて飛行場にかけつけたが既に全員爆死していたという事件があったそうです。当時、似たようなことは全国的にあったであろうと想像されます。沖縄の集団自決を含め一連のこうしたことがおきた背景にはいつの頃からか日本文化の中に生まれた死を美化する価値観があると思います。江戸時代武士の心得、覚悟として書かれた“葉隠れ”にある“武士道というは死ぬことと見つけたり”という言葉は良く知られています。武士のあるべき精神論を説いたもので必ずしも死を美化したものとはいえないようですが、死に対するある種の価値観を肯定したものといえます。この価値観は明治維新後も脈々として受け継がれてきたと思われます。明治時代の日本の誇るべき知性であり、国際人といわれる新渡戸稲造が英語で書いた“武士道”(Bushido,The Soul of Japan)は日本人の精神文化を欧米に広く紹介したものとして有名ですが、米国では時の大統領が感銘し周囲の多くの人々に読ませたという話が伝えられております。しかしその価値観が多少ゆがめられて昭和の軍国主義思想に利用されたきらいがあります。“生きて虜囚の辱めを受けることなかれ”という先陣訓などはその例です。現在でもこの死を肯定する価値観は形をかえて若干残されているようです。例えば“死ぬ気で頑張る”、決死の覚悟“、死んでお詫びしたい気持ち”等の言葉は良い意味に使われており、死を否定的な意味で捉えていないことの証拠です。」

私も知覧博物館には6,7年前に行きましたが、誰しもが感じるであろう感情を持ったことは確かです。この博物館は特攻隊を是認するために作られたものではなく、隊員がいかに幼く、また、人間としての感情を持っていたかを報せたいために作られたと理解しました。沖縄の集団自決同様、戦時中の軍国主義教育の教宣結果とも言える戦争志願、進んで陛下に命を捧げる、自爆は国家のため、といった心境を若者に植え付けたことは到底容認できることではありません。どこの国にも愛国心を育て鼓舞する教育があります。しかし、どこの国に、戦争に行ったら死んで国のために尽くせ、と教える愚かさがあるでしょう。戦争で死ぬことはありうることであり、それは国を守るため止むを得ない栄光ある結果だ、とまでは言うでしょうが、生きて還るな、と命じて戦地に送り出すことはありえません。どんなことがあっても死ぬな、と言うのが正しい餞の言葉です。アメリカの大統領が感銘したのは死を美化した武士道であった点だとは思えませんが、武士道に美しい点が多いことは万人の認めるところです。死ぬことで全ての罪が消えるとの考えと、死んで上司をかばう、との考えが現代にも通じているところはまったく情けないことで、これが武士道だと言ったら、新渡戸稲造は悲しみ怒るでしょう。

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