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寄付の心 NPO法人IAIジャパン 理事長 八幡惠介 平成20年度エンジェル税制で、ベンチャー投資が寄付と認められそうです。ベンチャー投資は確かに寄付と同様戻って来ない、といえるかもしれません。しかし、寄付とベンチャー投資には根本的な相違点があります。立法府は類似点のみ挙げて十把ひとからげにしました。相違点は寄付は対価を求めない、ベンチャー投資は原則リターンを求める、という点です。結果としてはこの原則は成り立たず、戻ってくるのはごく一部ですが、寄付は営利行為ではなく、ベンチャー投資は営利行為である点で基本的に違うのです。 日本では寄付は喜捨ともいわれ、通常「はした金」を出します。神社仏閣での賽銭はその典型と言えましょう。新約聖書の中に次のような記述があります。貧しい寡婦が銅貨2枚を神殿の賽銭箱に入れました。それを見たイエスが弟子たちに、「この女は誰よりも多くを奉げた。なぜなら、他の者たちは有り余る中から奉げたが、この女は一日分の食費をすべてささげたからである。」と教えたとあります。これが寄付の心ではないでしょうか。すなわち、身を削ってでも寄付することが尊いのです。 お金による寄付だけではありません。ボランティア活動も寄付と同じではないでしょうか。暇があるからボランティアでもしようか、というのは余ったお金を寄付するのと同じです。時間を切り詰めてでも他の人のために汗を流す、というのが本当のボランティア精神でしょう。 必要としている人がいれば、自分が必要としているお金を節約してでも寄付する、というのが本当の寄付の心ではないでしょうか。国際ロータリーでは「超我の奉仕」がその基本的精神である、といわれます。「超我」とは「自分がしてもらいたいと思っていることを、他人からしてもらう前に他人に対してする」、ということと解釈できます。すなわち、自分が満たされてから他人を助けるのではなく、先ず他人を助けるのです。 世界には助けを必要とする人たちが溢れています。戦争による被害者、貧困にあえぐ人たち、災害の被害者、旱魃に苦しむ人たち、など数え上げればきりがないでしょう。一方、日本は飽食の時代といわれ、有り余る食料と物で溢れています。国際赤十字やユニセフが呼びかけて寄付を募っており、それに応える人も少なくありません。しかし、自分たちは満たされているのです。1日分の食費を奉げた寡婦とは比べ物になりません。その意味で、海外でボランティア活動する若者の数が増えている、というのは喜ぶべきことでしょう。彼らはそれを必要としている人たちがいるから、自らを顧みずに活動していると思われるからです。 このような比較をすると、寄付とベンチャー投資が等しく扱われるのはおかしい、と感じる人が多いと思います。寄付が正当に扱われていないと同様に、ベンチャー投資も誤解されているのではないでしょうか。ともあれ、寄付の範囲が拡大され、ベンチャー投資の減税範囲が拡大されるのはご同慶の至りです。 |
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